「ヨイデワ・ナイカ!」だがテンゼンは手を離さない! 「オボロ=サマ、クワナからの海の上で、拙者が云ったことを忘れましたか。拙者は実際覚えている。ヒドゥンガード・バレーの血を伝えるものは、あなたとわしの他にはもういない。ロードの選んだ住人のイガニンジャのうち、すでに残るはオボロ=サマとこのテンゼンだけではないですか」 サケに酔った目を濁らせて、テンゼンはオボロの豊満な身体を抱き寄せる! 「最早、邪魔するものもありません──明日はメオトでスルガ・キャスルへ参りましょう」そういいながらオボロを組み伏せる!「見ろ、カゲロウ=サン。この男女の実際おくゆかしいネンゴロを。──おお、蝋燭に蛾が一匹止まっているな。カゲロウ=サン、あれがオヌシの息で落ちるか、みてみようではないか」 テンゼンはいちど振り返ったが、そのまま火に落ちた蛾めいて、己れの情欲に狂いオボロを押し倒す!「ンアーッ!」おお、なんたる狼藉か!だがこの荒れはてたテンプルに、テンゼンを止めるものはない!ブッダ、寝ているのですか!?
そのとき、蝋燭の火がしめやかに消えた。 「ムゥーッ!?」テンゼンはニンジャ第六感で、それが単なる振動のためでも、風のためでも、カゲロウの息のためでもないことを感じとる!マメ・テッポウを喰らったハトめいて、豊満なオボロの身体から跳ね上がった! テンプルに闇が満ちる。テンゼンはそばのタチを掴むと、すっくと立ち上がって闇を凝視する!モウロウめいて円柱のかげに立つ影は……カゲロウではない!おお、ゴウランガ!カゲロウは既に縄を解かれて、柱の下に倒れているではないか!
テンゼンは叫んだ。「ゲンノスケ!」
◆IGASLAYER◆
そう、イモータルめいて生き返ったテンゼンと真正面から向かいあっているその姿は──ゲンノスケだ! 「ドーモ、ゲンノスケ=サン。テンゼンです。ついに網に掛かったな」 そう云うや、テンゼンは日頃の用心深さに似あわず前へ!ゲンノスケは、まるで眼が見えているかのように、音もなく横へと避ける!ゴウランガ!これぞニンジャ平衡感覚だ!しかし、テンゼンのニンジャ視力は、闇の中でも彼の眼が依然としてホウイチめいて塞がれていることを速やかに見破る! 「ドーモ、テンゼン=サン。 ゲンノスケです」ゲンノスケが始めて口を開く。「オボロ=サンはそこにいるか」 「ムッハハハハ!」テンゼンが堪りかねて吹き出した。「ゲンノスケ=サン、オヌシの目はやはりまだ見えぬか。さよう、オボロ=サマはここにおる。たった今まで、カゲロウ=サンをなぶりながら儂とネンゴロしていたところだ。実際楽しかったが、そのせいでオヌシがそこまできていたことに気づかなんだ。目の見えぬオヌシに見せてやれぬのは実際残念の極み!」オボロはベンケイめいてその場に立ち尽す。フドウカナシバリ=ジツにかかったように声も出ない!
「オボロ=サマも、儂にカイシャクされるオヌシを、笑顔で見ておるぞ!断末魔のオヌシに見せてやれぬのが益々残念だ!イヤーッ!」テンゼンはそういって流れるようにゲンノスケに走り寄る!ゲンノスケはまるで目が見えるかのように横へ!「イヤーッ!」 しかしテンゼンのニンジャ観察力は、ゲンノスケの足取りの乱れを容易に捉える!「逃げるか、ゲンノスケ=サン!オヌシはブザマに死にに来たのであろう!イヤーッ!」テンゼンは吠えながら刀を振り下ろす!「イヤーッ!」ゲンノスケは間一髪これを回避!「グワーッ!」だが、 ゴウランガ!ゲンノスケの陶器めいた白い額には一筋の血!ゲンノスケはひとまず背後のゼン・ガーデンへとジャンプ!テンゼンはニンジャ暗視力でこれを見て取るや、猛然と走り寄る!……そして、回廊で一度歩みを止め、叫ぶ! 「イガニンジャ・クランとコウガニンジャ・クランのイクサの勝敗、これで決まったりっ!」サツバツ!テンゼンはトラめいてジャンプ!霧中のゲンノスケに向けタチを振り降ろす!「ハイクを詠め、ゲンノスケ=サン!」
「イヤーッ!」「イヤーッ!」「……グワーッ!?」
斬られたのは…… だが、おお、おお、 ゴウランガ! なんと、テンゼンの方だ! 一体何があったのか!? 勝敗の要員、それはテンゼンがジャンプした瞬間にあった。そう、テンゼンの蹴った床の板は腐っていたのである!感覚が狂い、着地するテンゼンの体勢が崩れたのを咄嗟に見て取ったゲンノスケは、テンゼンの足の指先が付くか付かないかの瞬間、カタナで下から斬り上げたのだ!勝負は正に一瞬で決まった! 「グワーッ!!」タガヤ・カートゥン・ストーリーのショウグンめいて首を切り裂かれれたテンゼンは、皮一枚で繋がった首を袋めいてぶらさげて五歩あるく!おお、ゴウランガ、テンゼンの首のあったところからは、噴水めいて血が吹き出しているではないか!それはさながら古事記に預言されたマッポーカリスプの一場面、血の池インフェルノ!ゲンノスケの耳に、テンゼンが地震めいた轟音を立てて崩れ落ちる音が響いた。タツジン!霧の中、目の塞がれた状態で、ゲンノスケはニンジャ第六感でムソウケン・ジツを成し遂げたのだ!テンゼンからの血が重金属酸性霧に混り、ゲンノスケの顔へと降り掛かる。ゲンノスケは夢から醒めたように身を起こす。マッポーめいて荒れはてたテンプルに、人の声はない。ゲンノスケは縁側に近付く。 「オボロ=サン。まだそこにおるか」「おります、ゲンノスケ=サマ」
ああ、オボロがゲンノスケを呼ぶ声を聴くのは何日ぶりであろうか。ゲンノスケがイガのオゲン・アジトを去った夜から今日で八日目だ。しかし、まるでそれがゼンセでの出来事に思えるほど、悪夢めいて長い八日間であった。 小鳥めいた明るさを放っていたオボロ=サンの声も、今ではオツヤめいて暗い。
「テンゼン=サンをカイシャクした。……オボロ=サン、カタナは持っているか」 「持ってはおりませぬ」 「カタナを取れ、オボロ=サン。私と立ちあえ」
トラめいて勇壮な言葉とは裏腹に、ゲンノスケ=サンの声は沈鬱だ。声までが二人を包む重金属酸性霧ににじんでいるかのようだ。
「わたしはオヌシをカイシャクしなければならぬ。オヌシもわたしをカイシャクせねばならぬ。カイシャクできるかもしれぬ。わたしは今メクラだ」 「わたしもメクラでございます」 「なに?」 「ヒドゥンガード・バレーを出る前から、わたしはメクラになっておりました」 「な、なぜだ。オボロ=サン、それは……」 「マンジ・バレー・トゥループとのイクサを見たくなかったのです」
ゲンノスケは息を呑む。オボロの今の一言で、彼女は、実際自分を裏切ってなどいなかったのだ!
「ゲンノスケ=サマ。わたしをカイシャクしてください。オボロはこの日を待っていました」 オボロの声に、はじめて喜びが滲む。
「イガニンジャ・クランはわたしひとりになりました」 「コウガニンジャ・クランもわたしひとりになった。……」
二人の声がエドの霧に沈み、霧と時間だけが流れる。──と、不意にテンプルの下の方から叫び声が轟く! 「確かに聞きましたか?」 「ハイ。テンゼン=サンの実際ジゴクめいた叫び声です」 「さてはコウガニンジャ・クラン……」
ゴウランガ!下のリョカン・ホテルの裏庭でこちらを見上げながらさわぐ声である。喚声は揉み合いながらこちらへと駈け登ってくる!
「誰も見ているものはない。」 ゲンノスケはしめやかにつぶやいた。誰も、というのは、イクサの中で戦いあったコウガ・イガのニンジャ十八人のことであった。 「オボロ=サン。わたしは行く」 「え──どこへ?」 「わからぬ。……」 ゲンノスケの声はうつろめいて響いた。彼は、自分にオボロをカイシャクすることは出来ないことを悟ったのである。 「オヌシとイクサをせずとも、それを知るはこの二人のみ。最早、誰も知らぬ……」
「私が知っております」 突然、足許で声がする。ゴウランガ!ナメクジめいてはいよってきた腕が、ゲンノスケの足に爪をくいこませる! 「ゲンノスケ=サマ、どうしてオボロ=サンをカイシャクしないのです」
(ザ・ラスト・ジャッジメント #2 終わり。 #3 へ続く)