概要
本稿は集合論の地質学に関する記事の第四回目です:
概観と基礎モデルの定義可能性
マントルの構造と下方有向性原理
Bukovskýの定理──強制拡大の特徴付け
下方有向性原理の証明(今回)
集合論の地質学は,与えられた集合論の宇宙Vの内部モデルがいかなる生成拡大になっているかを考える集合論の分野です.
今回は,薄葉
[1]で証明された基本定理である下方有向性原理(sDDG)の証明を与えます. sDDGは全ての基礎モデルの共通部分であるマントルMがZFCのモデルとなることや、生成多宇宙における包含関係と生成拡大関係が一致することなどを導く強力な原理でした。
その詳しい帰結については、初回や前々回を御覧ください。
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下方有向性定理の証明
いよいよこのシリーズのメインデュッシュである,次の定理の証明を与えます:
任意の集合個のVの基礎モデル{Wr∣r∈X}に対し,共通の基礎モデルW⊆⋂rWrが存在する.
このsDDGから,全ての基礎モデルの共通部分であるマントルMがZFCを満たす内部モデルとなることや,強制法で不変な最大のクラスであること,またVの生成多宇宙における包含関係と生成拡大の関係は一致することなどは第二回で既に見ました.
前回はこの証明の中で重要な役割を担うBukovskýによるκ-c.c. 拡大の特徴付けを与えました:
ZFC≤δの推移的モデルの組(W,V)がδ-大域被覆性質を持つことと,VがWのδ-c.c. 生成拡大であることは同値.
この系として,次の補題が得られていました:
μ:=(2<δ)+とおく. W,W′⊆VがZFC≤μの推移的モデルで(W,V)および(W′,V)が共にδ-大域被覆性質を持つとする.
もし<μ2∩W=<μ2∩W′ならW=W′となる.
また,一般の強制拡大はκ-擬基礎モデルと呼ばれるものになることが初回の議論でわかっていました:
Pを擬順序,Gを(V,P)-生成フィルター,∣P∣≤κとする.
この時VはV[G]の擬基礎モデルとなる. 特に(κ++)V=(κ++)Wであり,V⊆Wはκ+-被覆性質およびκ+-近似性質を満たす.
また,生成拡大に挟まれたZFCのモデルも生成拡大になる,というお馴染の次の事実も使います:
V⊆W⊆V[G]が全てZFCの推移的モデルでV[G]がVの生成拡大なら,WはVの生成拡大で,V[G]もWの生成拡大となる.
ところで,上の形の主張であれば,牛刀ですがBukovskýの定理から従うので余力があれば示してみてください.
これらを踏まえて,基本的には求めるW⊆⋂r∈XWrは十分大きなμに対してμ-大域被覆性質を持つモデルの終拡張の和として実現されます.
もう少し具体的に述べれば,次のような戦略で構成が行われます:
任意のrに対しW⊆Wr⊆Vとなるような,Vの基礎モデルWが取れればよい. そうすればW⊆Wr⊆Vより事実 1からWは各Wrの基礎モデルとなる.
各WrがPr-生成拡大に関するVの基礎モデルであるとして,∣X∣,∣Pr∣<κが任意のrに対して成り立つようなκを持ってくる.
すると補題 2より各WrはVに対しκ-被覆性質とκ-近似性質を持つ.
これを使って,十分大きな任意のθに対して,ZFC≤μの推移的モデルMθ⊆Hθでκ+-大域被覆性質を持ちM⊆⋂r∈XWrとなるものを取ってこれる.
μ:=2κ+とおけば,一意性補題 1より各Mθは<μ2∩Mθの値により一意に確定する.
θの候補が真のクラス個あるのに対して,<μ2∩Mθの候補は集合個しかないので,任意のθに対しMθ∩<μ2=pが成り立つようなp⊆<μ2が取れているとしてよい.
すると,上の一意性補題 1からθ<θ′ならMθ′∩Hθ=Mθとなる. 即ち,Mθ′はMθの終拡張(end-extension)になっている.
W:=⋃θMθとおけば,終拡張の和であることからWは順序数を全て含み,ZFCのモデルとなる.
更にWは明らかにVに対するκ+-大域被覆性質も満たしている.
よってBukovskýの定理2より望み通りVはWの生成拡大になっている.
以下,記事を通して以下の記法を固定しておく.
Xを集合とし,{Wr∣r∈X}をVの基礎モデルの族とする. 各r∈Xに対し,VはWrのPr-生成拡大だとして,∣X∣,∣Pr∣<κとなる正則基数κを一つ固定する. このとき,Wrは補題 2および定理 2よりκ-大域被覆性質とκ-近似性質を持つ. μ:=(2κ)+とする.
κ+-大域被覆がいっぱい
では上の方針に沿って証明をしていこう. まずは上の (4)までの部分を示す.
任意のαに対し,正則基数θ>κと推移的なZFC≤μのモデルMθ⊆Hθで(M,Hθ)がκ+-大域被覆性質を持ちM⊆⋂r∈XWrとなるものが取れる.
Proof. Hθ⊨ZFC≤μを満たす正則基数θは非有界に存在するので,一つそんなθを固定する. γ:=(θ<θ)Vとおいて,Vにおける<θθを{fi∣i<γ}により列挙し,h:θ×γ→θを次で定める: h(α,i):={fi(α)0(if α∈dom(fi))(otherwise). このfi達はHθにおいてκ+-大域被覆性質の適用対象となるようなf:α→On,
f∈Hθを列挙していて,hは一本でその辞書の役割をしていると思える.
このHから各fi:α→θ∈Hθを被覆する関数が得られる.
このとき,全単射π:θ×γ×θ→∼γでπ∈Lを満たすものを取り,A:=p[H]とおく. AとHは互いに同じ情報を持っているから,明らかにA∈⋂rWrであり,またAは順序数の集合なので,L[A]⊨ZFCである.
そこでMθ:=Hθ∩L[A]とおく. L[A]はLとAを含む最小のモデルだったから,θ⊆Mθ⊆⋂rWrとなっている.
まずMθがκ+-大域被覆性質を満たすことを見よう.
ここで,Hθから任意にf:α→θを取ってくれば,fの取り方からfi=fとなるi<γが存在する. この時F(β):=H(β,i∗)によりF:α→[θ]≤κを定めれば, ∣trcl(F)∣=α⋅β<αsup<θ∣F(β)∣<θ. よってF∈Hθ. またFはHから定義出来るのでF∈L[A]となり,結局F∈L[A]∩Hθ=Mとなる.
このとき定め方からβ<αに対しf(β)=fi(β)=h(β,i)∈H(β,i)=F(β)となるので,F∈Mがfを被覆する関数になっている.
あとはMθ⊨ZFC≤μが示せればよい. 実は,MはL[A]におけるHθそのものと一致していて,特にθの取り方からM⊨ZFC≤μとなっている. 実際, x∈L[H]がVにおいて∣trcl({x})∣<θを満たすなら,Vにおいてα<θとφ:α↠xが取れるが,MθがHθVにおいてκ+-大域被覆性質を持つことから,F:α→[Mθ]κでF∈Mθかつf(β)∈F(β)を満たすものがとれる. 特にx⊆ran(F)なのでMθにおいても∣trcl(x)∣≤⋃ran(F)≤κ⋅α<θとなり,結局L[H]⊨∣{x}∣<θとなり,x∈HθL[H]を得る.
以上より求めるMθの存在が示せた.
小さな大域被覆モデルを貼り合わせる
前節で (4)までは終わった.
残りは割合すんなりと行く.まず次の二つの事実は標準的なので認める:
順序数を全て含む推移的クラスW⊆Vについて次は同値:
W⊨ZF,
WはGödel演算について閉じ,概宇宙的(i.e. ∀z⊆W:set∃y∈Wz⊆y).
さて,μ=2κ+と略記していたことを思い出そう.
簡単な観察で次がわかる:
p∗⊆<μ2で,Mθ∩<μ2=p∗となるθが非有界に存在するものが存在する.
Proof. 補題 3より各MθはHθに対しκ+-被覆性質を持つZFC≤μのモデルである.
pθ=<μ2∩Mθとおけば,ukovskýの定理の系として得られる補題 1より,Mθは<μ2∩M=p∗かつM⊨ZFC≤μとなる一意なHθの内部モデルとなるのだった.
いまθは非有界に(つまり真のクラス個)存在するのに対し,pθの候補は高々22<μ個しか存在しない.
よって鳩ノ巣原理からp∗⊆<μ2でp∗=pθとなるθが非有界に存在するものが少なくとも一つは取れる.
上の補題のp∗を固定し,I:={θ∣∣∃MθMθ∩<μ2=p∗}と置く.
W:=⋃θ∈IMθと定める.
このとき,⟨Mθ∣∣θ∈I⟩は終拡張列になっていることがわかります:
θ,θ′∈I, θ<θ′とするとき,Mθ′∩Hθ=Mθ.
Proof. θ<θ′とし,M′:=Mθ′∩Hθとおく.
この時,M′はHθに対しκ+-大域被覆性質を持つ. 実際,α<θ, f:α→θとすると,Mθ′のκ+-大域被覆性質からF:α→[θ]κでF∈M′を満たすものが取れる.
しかし,α,κ<θより実際にはF∈Hθとなっているので,F∈M′を得る.
一方,明らかにM′∩<μ2=Mθ′∩<μ2=p∗であるが,Iの定義よりMθ∩<μ2=p∗でもあるため,一意性補題 1からM′=Mθとなる.
Wは全ての順序数を含む推移的モデルでW⊆⋂r∈XWrであり,W⊨ZFC.
Proof. Iの非有界性よりWが全ての順序数を含むのは明らか.
また推移的モデルの和なのでW自身推移的である. また,取り方からMθ⊆⋂rWrなので,その和も当然⋂rWrに含まれる.
W⊨ZFを示そう.
特に事実2を使うことを考える.
Gödel演算が何なのかここでは指定していないが,有限個の基本的な集合演算であり,各Mθは全てそれらで閉じている.
そうした集合の増加列の和なので,結局WはGödel演算で閉じていることは明らかである.
概宇宙性を示そう. いまz⊆Wが集合なら,Iの非有界性よりz⊆Hθとなるθ∈Iが存在する. このときz⊆W∩Hθ=Mθとなるが,Mθ=Hθ∩W=HθW∈Wなので問題ない.
最後にW⊨ACだが,いつものように整列定理を示す. しかしx∈Wとすれば,x∈Mθ⊨ZFC≤μよりxの整列順序w∈Mθが存在する. これは明らかにWにも入るので,Wは整列定理を満たす.
ここまでくれば,あとは一瞬である.
sDDGの証明. あと残っていることは任意のr∈Xに対しWがWrの基礎モデルとなることを示すだけである.
中間拡大補題 1を念頭におくと,WがVの基礎モデルとなっていることを示せれば,間に挟まれたWrはWの生成拡大になっていることが言える.
これには,Bukovskýの定理 2より(W,V)が大域被覆性質を持つことが言えればよい. 実際,(W,V)はκ+-大域被覆性質を持つ. 任意にf:α→Onを取る. θ>αとなるθ∈Iを取れば,f∈Hθである. いま(Mθ,Hθ)はκ+-大域被覆性質を持つので,F∈Mθ⊆WでF:α→[θ]κかつf(α)∈F(α)となるものが取れる. WはMθたちの和だったから,特にF∈Wとなる.
よって(W,V)はκ+-大域被覆性質を持ち,特にVはWのκ+-c.c. 生成拡大となっているから,間に挟まれたWrたちはWの生成拡大になっている.